Project Story
~双日食料が作り出す価値02~
ミッションは水産資源の確保。
“夢のある仕事”のチャレンジが始まった。
02
サーモントラウトの陸上養殖
「宿泊所へ続く小径(こみち)には、小さなデンマーク国旗が10本近くも立てられていた。まさに国旗の行列だ。その日が誕生日だった安西へ贈られた、ちょっとしたサプライズ。「お互いの信頼の証のようで、嬉しかったですね」と安西は目を細めて振り返る。
このとき安西は、長年取引のあるパートナー企業へ重大な提案を行うためにデンマークを訪れていた。道に並ぶ国旗たちは、これから始まる新たなプロジェクトを祝っているかのようでもあった。
双日食料がサーモントラウトの養殖というプランを実現させようと動き始めたのは2021年。背景には水産加工ビジネスを取り巻く環境の厳しさがあった。
人口増やヘルシー志向の高まりによって世界の水産物需要は年々高まっている。一方で漁獲量はほぼ横ばいだ。この需給ギャップによって水産資源の取引はシビアなものになり、近年では中国や新興国に日本が買い負けるケースが増えている。増え続ける需要に応えるためにも、そして双日食料が水産資源を確保し続けるためにも、自前での養殖は必然だった。「原料から加工、販売まで、当社のバリューチェーンを構築することが目的です」と安西も語る。
サーモンはマグロなどに比べて少ない餌で済むことから、養殖のコストを低く抑えられる。陸上のプラントで養殖する“陸上養殖”なら、餌の食べ残しや排泄物で海を汚染する心配もない。
「しかし当社には陸上養殖の技術はありません。そこでタッグを組もうと考えたのが、筋子やサーモンの輸入で30年の取引があるデンマーク企業でした」。双日食料に入社した際、安西の胸にあったのは「夢のある仕事をしたい」という思いだった。陸上養殖の構想を耳にした安西はその志をかなえるチャンスが巡ってきたと実感。「ぜひ自分の手で成功への道筋をつけたい」とデンマークへ飛んだのだった。
“言葉”は商社ビジネスの重要な武器だ
買い付けた魚の検品等のために安西は毎年デンマークを訪れている。パートナー企業の社長は酒好きの陽気な男で、その父親である会長も含めて、安西とは良好な関係にある。事前に安西が打診のために「陸上養殖の新たなプラントを一緒に起ち上げないか」というメールを送ったところ「いつでも来てくれ。詳しく話そう」という返事をもらっていた。手応えは悪くない。
こうしてデンマークを訪れた際、安西を待ち構えていたのが国旗の行列だったのだ。
「一緒に酒も飲むし、家に招待されて奥様の手料理を振る舞っていただいたこともあります。気心の知れた間柄でした。しかし今回は通常の検品等の業務だけでなく、共同でのプラント立ち上げという大きな話です。入念な準備のもとで取り組みました」
双日食料の水産加工ビジネスの未来が託されている。その自覚も、いつも以上に安西が背筋を伸ばすことにつながった。
それからの1ヵ月間、安西は陸上養殖の施設に日参し、養殖に関する知識の吸収に取り組んだ。水管理はどうするか、設備は、運営上の注意点は等々…。現場で質問を浴びせ、学んだ情報はレポートとして本社に送り、折り返して送られてきた追加の質問を携えて翌日はさらに情報収集を重ねる。
苦労したのは言葉だ。デンマークではほとんどの国民が英語を不自由なく操れるため、ビジネスでの会話は英語だ。だが養殖は未知の世界で、通常は使わない単語も多く、その理解には苦労を強いられた。
一方で社長の父親である会長は古い世代のためか英語を苦手としており、いつも社長が間で通訳を務めてくれていた。安西は会長の懐に飛び込むためにはダイレクトなコミュニケーションが必須と考え、特に難易度が高いとされるデンマーク語を出張中にYouTubeなどを見ながら独学。片言で話しかけられる程度にまで磨いた。
「いきなりデンマーク語で挨拶すると“外国人なのに話せるのか!”と驚きの表情になり、その後のコミュニケーションもスムーズでした。どんな国であっても、相手の言葉で話すことで気持ちを通わせるのは商社ビジネスの基本だと改めて感じました」
夢の実現へ大きな一歩を踏み出す
デンマークの滞在期間は約3ヵ月。途中、ドイツやスペインなど6か国を回って別の商談を進めながらの長期出張だった。パートナー企業の社長、会長とは信頼感を一層深め、安西は「ぜひ前向きに話を進めよう」という答えを日本に持ち帰ることに成功した。
「帰国して上司に報告したところ“第一関門はクリアーできた。これからが本番だな”という言葉が返ってきました。私もここがスタートだと思っています」
現在は新たな陸上養殖プラントについて、その建設費や運営費などをはじき出しながらフィージビリティスタディを進めているところだ。同時に販売網の構築も進めており、タイやベトナムなど東南アジアを中心に新規での商談を進めており、双日食料が自前の施設でサーモントラウトを養殖し、加工・販売するということで興味を抱く取引先は多い。
実際にプラントが完成して陸上養殖がスタートし、サーモントラウトの成魚が販売されるのは数年以上先になる。
「第一号の成魚は、きっと自分の子どものように思えるでしょうね」と安西はその日を心待ちにしている。
水産資源の確保という重要なミッションを果たすために、海外企業との提携に道筋をつけた安西。“双日食料だけの魚”を生み出す、夢のある大きなビジネスに取り組んでいることに、この上ないやりがいを感じている。